陰謀論とツッコミ
毎日書くと決めて、さっそく一日飛ばした。
前に借りていた家を急遽引き渡すことになり、慌てて荷物を運び出すことに。しばらくぶりに行ってみて、その汚さにおののいた。人が住まなくなった家というのは、住んでいたころよりも汚く見える。何がどう散らかっているのかも把握できず、どこから手をつけていいのかわからないまま、しばらく呆然としていた。
片付けながら、友人と通話をつないだ。ADHDの人は、誰かと通話しながら作業をするとはかどると聞いたことがある。会話をする必要はなくて、ただつないでいるだけでも効くらしい。理屈はなんとなくわかる。誰かが向こうにいるというだけで、自分の輪郭がぼやけずに済む。
僕はというと、会話に完全に集中してしまい、手はまったく動かなかった。無念である。
運び出しには、地元の友人が軽トラを出して手伝ってくれた。ありがたい。田舎において持つべきものは、軽トラを持った友人である。二人でやると、あれだけ途方に暮れていた荷物が、驚くほどあっさり片づいていく。人がいると進まないのか、進むのか。一日で両方を経験した。
まったく片付いてないが、疲れてしまったのでそのまま飲みに行く。今日も今日とて、stand fog。
山梨でオーベルジュをやっている友人夫婦が来ていた。明日が早いのでサクッと帰るつもりだったのに、結局深夜まで飲んだ。旦那さんは酔ってくると、だんだん陰謀論の方向へ話が傾いていく。そのたびに奥さんが、またあんたそんな話して!と横から制する。旦那さんはアハハと笑って、話はまた別のところへ流れていく。良いコンビである。
陰謀論にしろスピリチュアルにしろ、こちらが取れる態度は同調か否定のどちらかだと思い込んでいた。同調すれば話はどんどん深いほうへ潜っていくし、否定すれば場が固くなって、なんだかその人自身を否定したような気持ちになってしまう。
ツッコミという三つ目があった。なんとなく醸成された「空気」に対して「水を差す」。もしかしたら、長く一緒にいて関係値の深い人にしかできないのかもしれない。奥さんが「またその話」と言えるのは、その話を今日はじめて聞いたわけではないからで、つまり何度も聞いたうえで、まだ横にいるということでもある。
念のため補足しておくと、旦那さんはものすごく面白くて熱い人で、僕は大好きである。